私は人間の生き様を描いています。
初めのテーマはもっと簡単な「命に感謝し食事をしよう」というような内容でした。
しかし、その考えを深めれば深めるほど、身の回りに取り巻く命の残骸と、向き合えば向き合うほど、
私は生きることがままならなくなってしまいました。
しかし、その考えを深めれば深めるほど、身の回りに取り巻く命の残骸と、向き合えば向き合うほど、
私は生きることがままならなくなってしまいました。
「命を常に意識し感謝する」
それをついに成し遂げたのに、次第に私は"食べ物"と"死骸"の区別がつかなくなってしまった。
生きるのに必要不可欠な"食事"という行為に恐怖を覚えるようになってしまったのです。
生きるのに必要不可欠な"食事"という行為に恐怖を覚えるようになってしまったのです。
そんな状態になった私が見ることができるようになったもの、それが私の作品です。
これらは大袈裟でも美化でもない、紛れもなく私達が生きている等身大の日常風景なのです。
私達の周りは常に残酷で温かいことを忘れないために、人間として生きていく以上、
これらは大袈裟でも美化でもない、紛れもなく私達が生きている等身大の日常風景なのです。
私達の周りは常に残酷で温かいことを忘れないために、人間として生きていく以上、
私はこれを描き続けなくてはいけないと思う。